私の教員時代(5)

  彼女の家を頂点として大学と私が住んでいた王子福寿荘とは2等辺三角形
 の底辺の反対側にあった。だから新宿駅で左右に別れることになる。そこま
 で帰る道すがら途切れがちな話をした。

  彼女には受験生の弟が一人いた。父親はいない、と彼女は言った。投げ出
 すようなその口調に理由は聞けなかった。普段は皮肉な軽口をたたき、男子
 学生に混じって徹マンをする彼女がうつむきがちに自分のことをぽつりぽつ
 り語った。母親は市役所に勤めていて、彼女もそこでバイトしていた。母子
 家庭の苦学生、ということになる。だがそういう素振りはまったく見せなか
 った。香川知子が「こちら側」の人間だと思った根拠はここにあった。

  私はすでに就職が決まっていた。4月には東京都とはいえ、世界中で一番
 「遠い」小笠原に赴任することになっていた。それがこの関係の障害になっ
 ていた。あと少しすれば会えなくなることは決まっている。お互いそのこと
 には触れなかった。自然と一緒にいる時間を延ばそうとしていた。

  新宿で別れるはずなのに、ホームの階段を下り改札を出てJAZZ喫茶に
 行った。紀伊国屋のそばにあるDUGである。これも友人Aに連れられて行
 ったところだ。キースジャレットのケルンコンサートがかかっていた。そん
 な時、お互い顔を見合わせたりした。JAZZ喫茶の中では会話はできない。
 それが私には都合が良かった。相変わらず私は何を話していいのかわからな
 かった。

  店を出ると暗くなっていた。彼女が乗った電車に一緒に乗った。彼女は一
 瞬「おやっ」という表情をした。帰り道からすると新宿で分かれるのが普通
 だからだ。その後すぐにさびしそうに微笑んだ。私を嫌がっていない、とわ
 かっても手もつながなかった。2人でいるといつも誰かに見られている気が
 する。それはあるいは過去の私かもしれなかった。

  あの浪人時代にビル掃除のアルバイトをしているとき、私は楽しそうにし
 ている若い2人連れを怨嗟の目で見ていた。その記憶が私をしばっていた。
 過去の自分に申し訳ない。私は自分に向かって「仕方なくつき合ってやって
 いるんだ」と言い訳せずにいられなかった。同時にそういう自分が彼女に対
 して申し訳なかった。反面彼女を見たりその声を聞いたり一緒に歩いたりす
 ることだけでこの上なくうれしかったことも確かであった。

  「電車は東西に走っているんだとばかり思っていた」と彼女の言う中央線
 を西に小1時間ほど乗ると彼女の降りる駅だった。駅の外は暗い住宅街だっ
 た。そこで彼女の家のそばまで送ることになった。10分ほど歩くとそこが
 彼女の自宅だった。生け垣のある小さな家だった。その生け垣の端の木戸の
 ところで立ち止まった。

  「ちょっと寄っていかない?」と彼女が言った。私は受験生の弟さんの邪
 魔になるといけないから・・・、と断った。中に入れば母親に会わなければ
 ならない。私にはなんの心の準備もない。それにもう遅い(確か10時を回
 っていた)、なんだかそんなことを頭の中で思いめぐらしていた。

  「わかった」と彼女は言って下を向いた。木戸のところで向かい合う形に
 なった。その彼女の背後に玄関の小さな灯りが点っている。黒い影になった
 彼女の表情はまったくわからなかった。一瞬間があった。気がつくと彼女の
 顔がすぐ前に近づいていた。

  呆然と立っている私を後に彼女は玄関まですたすた歩いていった。そこで
 猫のように立ち止まって振り返りいつものように胸の前で小さく手を振って
 家の中へ入っていった。

  帰りの車内は妙に明るかった。あたりがくっきりと見えていた。私はドア
 のところにもたれて流れ去る外を見ていた。彼女とキスしたのは2度目だっ
 た。自分のやるせない思いを無理矢理私の中に流し込むようなキスだった。
 キスでこういうことができるのか、と私は呆然としていた。そして今思い返
 せば、その時、私の中でスイッチが入ったのである。

  私が始めてキスした相手は母親であった。それは小学校4年生の時だった。
 病弱で寝たきりの母親が枕元に私を呼んだ。そして手を伸ばして私の首すじ
 をつかむと引き寄せた。私はされるままになっていた。母は私の口にそれま
 でしゃぶっていたあめ玉を押し込んだ。なま暖かいものが自分の口の中に押
 しいってきた。そのぬるりとした肉感を私は後々まで思いだした。母にして
 見れば、私にあめ玉をあげただけのつもりかも知れなかった。だが私はすで
 に精通があったから、それは母親が子供に口移しであめ玉を与えた、という
 ことでは済まなかった。

 2002.7.7


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 自伝シリーズ NO.99  私の教員時代(5)     2002.7.7 発行
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