ことの顛末(3)

 11月に電話1本あっただけで、次の連絡があったのは年末だった。教会に行こう、というのである。カトリックのミッション校に行くのだから信者なら申し分がないだろうが、私にこれといった信仰はない。父母は寺で葬式をしたから仏教であることは間違いない。多分浄土真宗あたりであろう。そんな名前を聞いた気がする。私の住まいには仏壇はもちろん神棚もない。初詣に買ったお札は柱にノリではりつけた。破魔矢は欄間に挿した。宗教関係はそれだけである。妻はイシマ教だ、などと軽口をたたいていた。

 この申し出を受けたとき、約束が違う、と一瞬思った。奉職に際しては,信者でなくてもいいことは確認してあった。再就職と信仰はまた別である。就職のために入信するようなものでもないだろう。私もそこまでする気はない。K氏に入信を勧められたと思ったのは私の早とちりだった。K氏は、面接に必要な教養をおさらいしておく必要を感じたのだった。一緒に行ったのは、私より5年早く退職したM嬢である。彼女もクリスチャンだった。
 高円寺の教会へ向かう道すがら、この3人のチームは最強だったのを思い出した。K氏が影で糸を引いて、私が現実面を処理してM嬢が感情面を仕切る。M嬢のあとでK氏がやめ結局私が一人残ったのだった。それも3年で終わりとなるか。

 教会に入るのは始めてだった。ミサというものも、もちろん初体験である。K氏は隣に座って、小声でいろいろ説明してくれた。ミサは最後の晩餐の再演だというのである。神父が話をして、会衆はそれに答えたり、オルガンが鳴ったり、歌を歌ったりいろいろする。立ったり座ったりする。きちんと台本がある。やり方とセリフは決まっている。それを皆は憶えているとおりにやるのだった。カンパ袋が回ってくる。最後に信者は神父の前に並んでパンをもらって口に入れる。これがキリストの肉だというのである。考えようによってはえげつない儀式である。これを毎週やるのだ。まあ、1週間に1度こういうところで自分の事を振り返るのは悪くない。精神的にいいことだと思えた。

 年が明けた1月になって翌日面接に来てくれ,と言われた。相変わらず急な話である。幸い担当している授業がなかったので、休暇をとって出かけた。校長室で副校長のシスター、実質的に学校を仕切っている教頭、そしてK氏の3人が面接官だった。

 この学校の人事は理事会が承認する形式になっているが、実質的には校長に人事権があるようだ。その校長が推薦しているのだから、採用にかんしては、面接は形式的なものである。シスターは「こういう雰囲気は大丈夫ですか」と聞いた。私は暮れにK氏が連れて行ってくれた教会を思い出した。そのことを言うと、その教会の神父のことはよく知っているとシスターは言った。さすがは同業者である。みな通じているんだ、と思った。教頭は「なぜ公務員をやめるんですか」と聞いた。これはなかなかシビアな質問だった。こう聞かれて、公立学校の教員の方がいい、という考えもあるんだ、と気がついた。私は異動のことと最近の都のやり方についての感想を手短に答えた。面接の後半は私が担当する予定の仕事の話になった。
 4月に始めての給料をもらうまで、いくらもらえるかわからなかった。予想外に多く入っていたのでほくそえんだ。内訳をよく見ると、交通費として6ヶ月分の定期代が含まれていた。それを引くと前のものより手取りは2割ほど少なかった。ま、専任の仕事にありつけただけでもありがたいと思わなければならない。
 かくして私は、同じ教員稼業とはいえそれまで過ごしてきた環境とはある意味まったく正反対の場所で仕事をすることになった。それまでのキャリアを考えれば、学校から外れた人を相手にする民間のサポート校といったところが私にあっていると思われるが、これもまた致し方ない。なにしろ相手は全世界二千年を超えるキャリアを持つ神である。島国ニホン30年の教員稼業などとても太刀打ちできない。あたえられた場を私なりにこなして行く他はない。 

 自伝シリーズの最終章は波乱の幕開けとなったようである。
 2006.6.30

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 また6ヶ月たってしまった。前の職場を辞めたとき、もう少しこのシリーズに時間を割くことができるかもしれない、となどと思っていたがそれはかなわぬ夢だった。朝5時前に起きて,帰宅7時を過ぎる。夕食を取るともう起きていられない。そのまま倒れるように寝込んでしまう。起きると真夜中である。ネット業務と称して最低限の更新作業を済ますとまた寝る。平日はその繰り返しで、自分のことはなにもできない。週に1度の休日は受験数学をやって昼寝をするともはや夕闇が迫っている。しばらくはこのペースでいくしかない。幸い、眼の病はいまのところ進行していないようである。もう少しこのまま仕事を続けられそうである。ここまでくればなるようにしかならない。ここまで読んでいただきありがとうございました。