いろおんな(3)

 私とSは教室で野球部が戻ってくるのを待っていた。野球部はなかなか帰ってこなかった。それで2人して様子を見に廊下へ出た。校門の方へ向かうと野球部が廊下の角から現れた。
 
 野球部の様子に特に変わったところはなかった。彼の話はこうである。校門を入ったところで生活指導部のNに見つかった。試験中、下校もしないで何をしてるんだ、と聞かれた。ユニフォームをしっかり着て部活の格好である。職員室に連れて行かれて注意されたという。
 
 なんで部活の格好をしているのか、とNに詰問された野球部は「気合いッス」と答えた。ユニフォームを着ているとやる気が出る、と説明した。Nは黙って深くうなずき、それでも長々と試験中の部活の心構えについて説教した。それから放免になったという。この「気合いッス」はしばらく流行り言葉になった。
 
 問題はいろおんなである。いろおんなの名前は**裕美子だった。聞いたときは憶えていたが、名字は忘れた。部屋の中に入れてくれるどころか、戸口を細く開けて、野球部の様子をうかがうと、ボールを持ってきてすぐにドアを閉めた、と言う。名前は表札から知った。それでも野球部は、いい女だった、と満足そうだった。
 
 それからいろおんなの窓は閉まったままだった。クラスに失望の波が広がった。野球部の訪問は裏目に出た。いろおんな、いや**裕美子は警戒したのに違いない。窓を開ければ男子校の校舎がすぐ先にあるのに、今更ながら気がついた、というところだろう。午前中の美容体操も我々に見せつける、というよりは単にうかつだったということなのだ。
 
 野球部は私とSに口止めをした。野球部のせいでいろおんなショーが見られなくなったとクラスの連中が知れば、これはまずいことになる。ラーメン屋大番で買収された。40円のラーメン一杯であった。それでも義理堅い私とSは、野球部のためにデマを流した。
 
 生活指導部のNがいろおんなに注意した、というものである。職員室でそういう話を立ち聞きした、といって、私とSがクラスに流した。もともと嫌われているNである。いかにもNのやりそうなことだ、ということになってNの評判はますます悪くなった。
 
 それから30余年、女性に関して私にも世間並みのことはあった。だが、今になって振り返ってみるとこのいろおんなほど興奮することはなかったのではないか、と思えてくる。時間が過ぎていくのを耐えるだけのつまらない授業、その時、遠くの小さな窓にくりひろげられる妖しい肢体、群がる男子高校生、なによりやましい欲望を共有できるところがいい。
 
 さあ、みんなで海に向かって走ろう。そして声の限りに叫んでみよう。
 
 いーろーおーんーなーー!、裕美子ーーーーーーーー!
 

(2001 演劇部HP)