いろおんな(2)

 それからクラスの話題はいろおんなで持ちきりだった。休み時間やうるさくない教員の授業中はみないろおんなのアパートに注目した。その観察によると、彼女は朝10時過ぎに起きて美容体操を始め、その後天気がいいと洗濯をして午後1時頃には室内活動を終えるようだった。
 
 窓際の座席を求めて、席替えをしようという提案もなされたが、窓際になれなかったやつらから文句の出るのは避けられないので、この問題で座席替えはやめよう、ということになった。
 
 そのうち、いろおんなと直接話がしたい、といいだしたものがいた。野球部の男であった。彼は昼休みに校門前でキャッチボールをしていたら、ボールがいろおんなの窓のところに乗ってしまった、という設定で彼女のアパートを訪問することを思いついた。
 
 学校というところは登校したら下校するまで、外出禁止である。校門には生活指導部の教員が見張っている。それをどうやりすごすか、が問題だった。中間テストの時は特別時間割になる。午前中3時間試験をやれば、あとは下校である。その日をねらって野球部は作戦を遂行した。
 
 当日、私、サッカー部のS、そして野球部の3人がテスト後も自習をする、という名目で教室に居残った。野球部1人がいろおんなのアパートの窓の下の道路まで行った。野球部は気合いを入れてユニフォームまで着た。彼の頭の中には、「すいませーん」と言って帽子を取り礼をする姿勢まで浮かんでいたに違いない。
 
 私とサッカー部は教室からそれを見ていた。野球部は窓の下から軟球のボールをバスケットのシュートの要領でいろおんなの窓に向かって投げ上げた。さすが野球部、一発でうまく乗せることが出来た。野球部は教室の窓の方に向かって手を上げて、OKのサインするとアパートの路地に入っていった。
 
 いろおんなの窓のカーテンは閉まっていた。その中で何が起こるのか、私とサッカー部は固唾を飲んで見つめていた。もしかすると、野球部は部屋の中へ入れるかもしれない。練習頑張ってね、とか言われて頬にキスマークをつけて出て来たりしたらどうするんだ。
 
 いろおんなの窓のカーテンが開いた。そこから白い裸の腕が出て、ボールを取るとすぐに閉まった。私とサッカー部は黙って顔を見合わせた。カーテンは閉まったままでそれ以上何も起こらなかった。
 
 野球部は入った路地からすぐに現れた。我々のいる教室の方を向きもしないで、そのまま校門の方へ歩いていった。少しうなだれて意気消沈しているようだった。そしてなかなか教室に戻ってこなかった。
 

(2001 演劇部HP)